kondoyukoのカルチュラル・ハッカーズ

踊る編集者が日々のとりとめもないことについて思索を広げる空間

自分をバージョンアップしたら、コスプレだってしていいと思えた【C97告知に寄せて】

私にとって2018年は、10kg減量して体型が理想に近づくなどのハードウェアの換装を行った年だとしたら、2019年はファームウェアが何度もメジャーバージョンアップしたような、内面的なところが何度も鍛えられた年だったように思う。

 


そのバージョンアップの集大成として、私はコミケでコスプレをすることに決めた。

 


「コミケでコスプレを初めてやってみようと思うんです」と人に言うと「今までのアレはコスプレじゃなかったの?」と言われることがある。私は過去に、セーラーやチャイナを着て「スナックゆうこ」という1日バーテンイベントをやったり、バーレスクの衣装で「キャバレーゆうこ」という誕生日イベントをやったことがあったので、それらの取り組みを指してそう言われたのだと思う。私のなかではあれはコスプレではなく、イベントを成り立たせるための衣装だ。目の前の人を喜ばせるための一要素にすぎなかった。


コスプレ(ここでは狭義の「コスチュームを着てキャラになりきることがメインである同人活動」を指す)自体は約10年前から関心があった。学生だった当時、Twitterつながりの友達が東方Projectを愛好していたことを知り「咲夜さんのコスプレしてよ〜私パチュリーやるから」と言っていたことはあった(実現しなかった)。

しかしコスプレとは、私のこれまでの活動のように何かメインの目的のためにコスチュームを着るのではなく、コスチュームを着た姿こそがメインでそれが評価されるものだ。そして美人のみがやっていいもので、私のような不美人がそれをやると厳しく評価されるというイメージもあった(し実際そういうところもあるだろう)。目の前の、私の文脈を知ってる人以外まで波及するようなコスプレ行為は怖い。「コスプレは地毛でやってはいけない」というルールを聞いて、そのコミュニティの厳しい印象を助長させた。

 

そんな私の、見た目面での意識が変わったのは2018年での減量の成功が契機である。ちょうど1年前に私はこんなエントリをしたためた。

kondoyuko.hatenablog.com

これは要は減量すると自己肯定感が増し、自分を大切にする意識を持ち、身につけるものへの投資ができるようになったことの気づきを書いたものだが、あれから私は、自分を鍛えるさまざまな取り組みをしては、何かしらを進化させ続けた。


体型が自分の理想に近づけば、内面に向き合うことができるようになった。そして、自己肯定感が上がった。すると、今までないがしろにしてきた美容に取り組んでいこうと思えるようになった。いろいろな取り組みをやるなかで笑顔が変わった。笑顔が変わると、自分がかわいいと思えるようになった。

 

これが筆者近影。何気なく撮られた写真でも随分とかわいく写るようになったと自分では思っている(歯の矯正が完了してから笑顔が決まりやすくなった)。

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 そしてこれが、コスプレをした私だ。

 

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ネタは、東方紅魔郷より知識と日陰の少女 パチュリー・ノーレッジ。人間の姿のキャラクターの中では一番好きな子だ。骨董品に囲まれた空間でやや顔色が悪く物憂げに立つ姿。どうだろう、仕上がりはなかなか悪くないんじゃないかと思っている。 

 

そもそもなぜはじめてのコスプレとしてコミケを選んだのか。今年はじめて個人サークルで同人活動を始め、技術本もサブカル本を既刊が溜まってくると、憧れてたコミケに出展応募しようという勇気を持てた。そして初めて応募した今回の冬コミに当選。去年は「自分も出す側になりたい」なんて夢見てた夢は簡単に叶えられるものだ。

 

さて、せっかくのコミケ。新刊を出すのはリソース的にしんどいが「なんか新しくオモロいことをしたいな〜」という思いがあった。ちょうどCROSS 2019というイベントでIT業界のコスプレイヤーが集まる話を聞き、わりと立場の近そうな人たちがコスプレを楽しんでいるのを見て「いつかやってみようかな」と魔が刺したのと、コミケで東方の合わせをしてくれる強力なお手伝いの方が見つかり、「やってみたい」は「やってみる」こととなった。そうして衣装の調達やメイクの研究などに奔走するのだか、それはまた別のお話。

 

必要なものが手配できた私は、コスプレのリハと称して、場所を借りてセルフポートレートを撮ることにした。撮るよと言ってくれる友人はいたけれど、あえて自分だけでやりたかった。どんな風に仕上がるのか(想像上の自分よりも残念なのではないか)が不安だったから。実際は、つけまつ毛とカラコンでドチャクソに盛れて悪くないと思った。スペースマーケットでなんかいい感じの場所を押さえ、今年買ったミラーレスと明るい単焦点レンズを三脚に固定し、スマホの遠隔シャッターを使って撮影、何十枚の中から選んで、LightroomとPhotoshopで明るさと肌色と肌質は相当に整えるとなんかいい感じだった。でも目を大きくしたり顔をちっちゃくしたりなどの修正はしなくても十分だ。

 

これもなかなか少女っぽくていい。

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画像検索して見つけたパチュリーコスのレイヤーさんはお人形さんみたいに綺麗で、私は決してそっち側に行けないのだけど、普段よりも幼さの強調された私の姿は、ZUNさんの描いた原作の東方絵に似てるなと思えて、それはそれで愛おしかった。

 

このコスプレ、はじめは単なるブース出展の売り子の衣装として使い、撮った写真はSNSにさらして承認欲求を得るためだけに使おうと思っていた。さぁ、新刊としてコピー本でも出そうかなと思い、その内容を「私をバージョンアップさせた本たち」テーマのブックレビュー本にしようと考えて、はたと気づいた。

 

「自分のコスプレ写真を表紙に使ったらいいのでは?????」

 

こうしてできたのが『My Grimores for Grouth 私を導いてくれた本たち』(の表紙)だ。表紙はすでに印刷所に入稿してある(のちにキンコーズで手差しで製本する予定)。

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ただ好きなキャラを選び、ただ遊びで写真を撮っただけなのに、点が線に繋がるのを感じる……本を読み、自分をバージョンアップし続けたその到達地点がこの私であると表紙が体現している。そしてこのコスプレのネタも、本の傍に在る者こそ自分なパチュリー・ノーレッジ。

ちなみに同人誌はこれまでも表紙から作ってきたので、中身はこれから頑張る。「グリモワール(魔導書)」という世界観ができたので、少し洋書っぽい組版を意識して、なんだかんだといい感じのものが作れそうな気がする。

 

さて、私のこれまでを振り返ると、随分遠いところに来たものだと感慨深いものがある。

 

約1年前には台北で変身写真を撮った。「やっぱ私はこの程度か…」と思うところもあったけど、プロに完全にお任せすると自分はここまで行くことができるのかという感動があった。

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2019年春には、前述したキャバレーゆうこのために、歌舞伎町のフォトスタジオで宣材写真を撮った。Photoshopでがっつりレタッチしてるものの、衣装と世界観を持ち込めば、思い通りの写真が撮れることが分かった。「ぜったいかわいくしてあげたいから」というメイクのお姉さんの言葉に勇気づけられた。

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2019年夏には、資生堂のフォトスタジオでアー写を撮った。ヘアメイクと撮影の技術だけで、私本来の美しさでここまで行けることがわかった。

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そして今回、衣装、メイク、撮影、写真編集、すべて内製した。いわばかわいさの自走だ。しかも今まで撮った写真のなかで一番私の好きな世界観。人によっては推しのコスはしないという人もいるけど、私にとって推しとは「自分がこういう存在なりたい」と思えるものだから。

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最近の私の写真を眺めていると、私の好奇心と学習と行動によって、1年前から比べても自分が大きくバージョンアップしたことが実感できる。そして、そんな自分が尊くて泣けてくる。私にとってコスプレとは、一部の美人だけがやれると思い込んでいたものを、自分もやってもいいんだという思えるようになったことを体現する、自己表象活動だったのだ。

 

C97告知


今回の冬コミでは、2019年の同人活動(技術書典6、文フリ東京28、技術書典7で頒布した本と、新刊としてコピー本を頒布します。文フリで頒布した本とコピー本は通販は行わず対面のみで販売予定です。他のイベントでも配布した、同人ペーパーのこりん堂だよりも無料配布します。冬コミ3日目、12/30(月)の南ホ29aにぜひ遊びに来てください。

 

コミケカタログに頒布物の紹介を載せています(要ログイン)。

 

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