kondoyukoのカルチュラル・ハッカーズ

踊る編集者が日々のとりとめもないことについて思索を広げる空間

読書嫌いだった私が最近感じる読書の可能性について

本記事は「書き手と編み手の Advent Calendar 2019」の21日目です。

adventar.org

自分が登録したときにはまだたくさん空いていたので、「あわよくば明日にずらそうかな…」なんて思ってたら、25日びっちり登録されていたのと、私の前日まで誰一人欠けることなく投稿がされていて、若干のプレッシャーを感じながらも、さすが「書き手と編み手だなあ」と思ったものでした。そして投稿が1日遅れてすみません。

さて、今日の記事は、2018年のアドベントカレンダーで書いた以下の記事の続編です。

kondoyuko.hatenablog.com

編集者だけど読書嫌いだった(過去形)

これは昨年のアドベントカレンダーの記事でも書いたことだけど、出版社で働いていて編集者の仕事をしているのに読書が嫌いだった。

読書嫌い編集者というのは、本という存在を情緒的に捉えないという点で、ある意味強みなんじゃないかなあとうっすら思いながらも、日頃からお付き合いしている方にとってのイメージや期待感の点から、あまり自分からは言ってこなかった(話を振られたら「いや〜実はあんまり本読まないんですよ」と言う程度)。

しかし、今年はソシャゲもせんと時間があればひたすらに読書をしたり、技術書の積ん読を解消したり、なんだか話題の本をブックマーク感覚でバカスカ買ったりと、とても自分は読書嫌いなように思えなかった。実は私は「難しい本」と「紙の本」が苦手で嫌いなのだということに後から気づいた。難しい本や合わないを読もうとして挫折した経験は枚挙にいとまがないし、そうした本はどんどん本棚や部屋を占めていき、部屋が乱雑になっていくのが辛かった。今回のエントリは、そうした難しい本や紙の本から自分を開放し、新たな本の可能性に気づいたという話。

自分をアップデートしてくれたのはまさに本だった

そもそもなぜ最近、本をたくさん読むようになったのか。それは本を読むことで自分が大きくアップデートできたように感じるからだ。昨年のエントリでは、健康面や減量、部屋の片付けにおいて、実用書はモチベーションを保つのに有効だと記したが、今年はそれが自分の内面を大きくアップデートする助けとなった。それは本が、経験から学んだことをうまく言語化する役割をしてくれること、インターネット上の散漫な情報と違い、一人の著者の考えをパッケージ化して伝わりやすいようにまとまっていることで安心して読めること、パッケージ化されているゆえ、自分に合うか合わないかを判断しやすいこと(こういうスタンスの著者のこの意見は信じられる/信じられない)みたいな。

電子書籍の可能性

以前からスマホKindleで本をよく読んでいたが、今年はさらに加速した。電子版が出ているものは、ビジュアルが重要なもの、コレクション性があるものを除いて基本的に電子で買うようになった。それは以下の要因がある。

圧倒的にどこでも読める

その瞬間に読みたい本を常に持ち歩いているとは限らない。また、混雑した電車内で本を持ち出すのもなかなか大変である。スマホ電子書籍ならほぼ無制限に本を持ち歩けるし、混雑した空間でも取り出すのが容易だ。

圧倒的に早く読める

よく紙の本のほうが閲覧性が高いという意見もあるが、スマホのほうが1タップでページ送りができてカロリーが少ない。高速に読んでいくのに非常に楽だ(指先の乾きも気にしなくていい)。あとは目が悪い私にとって文字サイズを変更できるのもUXがよい。

iPad電子書籍

以前は固定レイアウトの書籍や雑誌などは紙でも買っていたが、今年の年始にiPadを購入し、そのような書籍を電子で買うハードルも下がった。iPadのおかげでグラレコやイラスト、同人誌制作なども捗るようになり、今年最も買ってよかったものと言えるだろう。Apple Pencilに対応してたらProでなくとも十分使える。ちなみに私はiPad(2018)のセルラーモデルをメルカリで購入した。

Apple iPad (10.2インチ, Wi-Fi, 32GB) - スペースグレイ(最新モデル)

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  • 発売日: 2019/10/02
  • メディア: Personal Computers
 

ちなみにKindleは単に本を借りているだけで、プラットフォーマーからの配信が停止されると所有できなくなるから良くないという声もあるが、私にとっては本を読む今この瞬間のユーザビリティが最重要で、人生においてそこまで繰り返し読みたい本はあまりなく、そういう本はまた買えばいいという意見だ。

究極の積ん読解消法

私は仕事柄、エンジニア向けの技術書を買ってはよく積んでいた。技術書典7で同人誌を出すために大量の技術書を短期間で読んだのだが、本から自分が知りたい情報を探すのに、iPadで1ページ1秒くらいでザッピングしていたのだが、私みたいに概要的なことが知れればいいというだけだと、これだけでも意外とキーワードが頭に入るのだ。

その他にも、仕事でカンファレンスのテーマを考えるのに、いい言葉がないかと今年出た技術書で自分が買っていたものを1ページ1秒くらいでざっと見ていたが、その本が何を述べているか理解できるだけでも全然違った。全く読まないのを0、全部読むのを1とすると、1ページ1秒読みは0.1くらいかもしれないが、その0.1がぜんぜん違うのだ。体感的には0.5くらい。

こうして私は積ん読が怖くなくなり、本を買うことに躊躇しなくなった(とはいえ、必要に迫られないとその読み方はなかなかできない)。

Kindle Unlimited(書籍のサブスク)の可能性

月額980円のKindleの読み放題サービス。自分の読みたいジャンルについて、いいレビューが付いているものは片っ端から読んで全体的な知識をつけるのに活用している。合わないと思ったらすぐチェンジできるのが魅力で、難しかったり合わなかったりする本を避けることができている。

 最近は、何か知りたいことがあったとき(例えば「勘の正体とは」など)、Google検索の感覚でKindleで検索し、Kindle Unlimitedで配信していれば読んで理解を得るような使い方をしている。

オーディオブックの可能性

読書がだんだん好きになってくると、読書と運動が兼ねられないかということを考え始めた。

 こんなことを書いていると、オーディオブックを勧められ、最初は「本を音で聞くなんてじれったくないか?」とその利点に半信半疑だったが、とりあえず知り合いが何人か勤めているオトバンク社のオーディオブックを利用してみることにした。聴き放題サービスが月750円で提供されていて、その中には昔利用していた日経新聞の読み上げサービス「聴く日経」もあった。最初はこの「聴く日経」がいいなと思って利用し始めたオーディオブック、聴く日経はあまり聞くことはなかったが、月に20冊ほどの本を「聴く」ことになった。

オーディオブックのアプリには倍速再生(最大4倍)の機能があり、この倍速再生が目で読む読書とは大きく差別化できるポイントであると感じた。目で読む読書だと、「集中力が無くなってくると同じところを何度も読んでしまう」「飽きたらすぐ読むのをやめられてしまう」という特性があるが、オーディオブックで2倍速で聞いていると、私の意志とは無関係に音声は進行する。一字一句聞く必要はない、むしろ聞き流して何か気になったキーワードを気に留めたり、解説されている内容をストーリーとして理解する、といった具合に活用できるのだ。倍速が生きるのはビジネス書など学習のためのコンテンツで、音楽やアニメなどのなんらかの作品性があるコンテンツにはあまり向かないだろう。

オーディオブックは暇つぶしになる

このようなオーディオブックの活用シーンを私は2つ提案したい。

一つは筋トレなどつらい作業中の暇つぶしだ。私は毎日プランクをやるという習慣を継続してそろそろ3か月が経つが、プランク中の暇つぶしとしてオーディオブックを倍速で流している。こういうシーンで音楽をかける人も多いとは思うが、音楽は先が予想できること、時間あたりの密度の面で私には物足りなかった。

もう一つは食事中だ。私は早食いの癖があったが、一口2〜30回噛むことを習慣づけたいと思った。早食いになってしまうのは、(お行儀が悪いが)スマホを見ながら食事をしてしまったり、食事中暇だったりという理由があるように思え、オーディオブックをこれまた倍速で聞きながら食事をすると、しっかり噛むことに集中できた。

本は対話になる

目で読む本、オーディオブック共通で、本に書いてあることを知って学びにする以上の効果として、読書をすることで思索が深まるように感じた。本当はだれかに壁打ちになってもらえれば一番いいけど、本も、内容に対して自分がどういった意見を持つかの新たな発見になり、ある程度の対話に近い効果が得られるような気がする。

紙の本の可能性

すると、紙の本や書店には意味がないのだろうか。今年、技術書典のための作業場所として通った、六本木にある入場料を取る本屋さん「文喫」が自分にとって衝撃だった。

 ここは入場料(曜日や時間帯によって1000〜2000円の幅がある)を取る代わりに、Wi-Fi完備、電源も取りやすいうえ、コーヒーや煎茶が飲み放題といったサービスを提供している。本は自由にとって席で読むことができるし、もちろん買うことが可能だ。

図書館と書店のちょうどいい間をとっている文喫は、原則本は1冊しか入荷しておらずベストセラーが平台に積んであるといった感じではない。ビジネス書や哲学、サイエンス、実用書、スポーツ、アートに至るまでさまざまなジャンルが展開されている。全体に対してアートが少し多め、ざっと見でよければ書棚全体をかんたんに見通せるレベルの規模感だ。ここは本をがっつり読みに行くというよりはむしろ、本からさまざまな異なる概念に触れ、それらをつないでコンセプトメイキングをするために活用できるような気がした。そのようなイマジネーションは、デバイスに所有している本よりむしろ、自分の目の前に積んである本の山から得られるような気がする。なんとなく。

本は「自己変革ビジネス」に

 最近購読し始めてた、NewsPicksのグループメディアQuartzに「Transformation Economy」(自己変革ビジネス)という興味深い記事があった。

要はメンターとかコーチとか、自分がバージョンアップできるビジネスが注目されてるということだ。ここまで書いたことに引きつけると、本も「Transformation Economy」の商材になりうるということ、

例えば「自分の減量のモチベーションを維持するためにめちゃ読みやすい実用書を濫読する」「アイデアが閃くように1ページ1秒くらいで本をパラ見する」「自分が何となく経験から理解してることを言語化してくれてる本を探して新たな探究のキーワードを得る」「本当は壁打ちしてくれる人がいればそれに越したことがないが、内省や思考のために本を読む」といった、単に書いてあることを楽しむとか学ぶだけじゃない使い方ができるのだ。

それを踏まえると、編集者というのは単にいいよいコンテンツを作ればいいわけではない、特に専門系編集者は、対象者の学びや成長、自己変革にどう関与していけばいいのかをさまざまなメディアを活用して考えることが求められよう。私が関わっている開発者コミュニティだと発信も学びであるという意識が強い。アウトプット側と受け手側、対象者にとってのトータルでよい情報環境を設計するのが、編集者の腕の見せ所だ。