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kondoyukoのカルチュラル・ハッカーズ

カルチャーをハックするような文章が書きたいkondoyukoのブログ。

無駄に期待される性質

今日は会社の同期Aの結婚式に行ってきた。式から参加する結婚関連イベントというのも久々だし(2次会だけの場合が多い)、受付もやったことでコミット度も高かったからか「あー結婚式ってこんなハッピーオーラに包まれたもんだったんだなあ」と思った。結婚式を引いた目で見がちな私だが、心からおめでたいと思った。

さて、教会での式が終わり、もうすぐ披露宴というところで、新郎である同期A氏のお父さんに話しかけられた。A氏が事前にいくらか私のことを紹介していたからなのかもしれないが、初対面にも関わらず色々話して打ち解けてしまった。建築の話題を嬉しそうにするお父さんは突如「あなたはここにいる人の中で一番自由だ!」と、今日は自分の息子が主役にも関わらず私に話したのである。

パーティの途中、新郎新婦が中座した際もお父さんは私の席にきて、建築の話や映画の話をしたり、そして「君は自由なんだから自由に生きたらいいんだよ」という話をされる。隣の席にいた、出席者である別の同期B氏も「Aさんも僕も同じこと思ってますよ」と言うもんだから、不覚にも涙が。。。

同じテーブルにいた会社の先輩達に心配させてしまったり、同期B氏からも「Aさんを祝福して泣くんならまだしもこんなことで泣かないでくださいよ! せめて会社で言ってください!」と言われたり。本当におっしゃる通りですね……この私が、ちゃんとした大人になろうとしたところで全く勝てない、優位性のない人間にしかならないんだよなぁ、なんてことを思い出した。

こんな風に、第一印象ですごく期待される経験は、実は今までにいくらかある。Twitterの投稿をいくらか見ただけで大学教授に面白がられたり、大して会話をしたわけでもない方に「今まで色んな人に会ってきたけどあなたはエネルギーがある」と言われたりするなど。これまでの人生「あなたなら何かやってくれるだろう」と思われながら生きてきたし、私自身も「自分は何かできる」と根拠のない自信を持っていた。あんまり期待には応えられなかったという方が多いのだが。

会社に入って2年経ち、英語学習など誰が見ても分かりやすい目標を追いかけちょっと疲れ、会社員として失格と言えるほどのダメ人間ではないが、大してうまく振舞えてないなと自己評価し、やりたいことを失いかけているのが今。

学生時代までは、自分すごいんじゃないかという全能感とまるでダメだという無能感が隣り合わせだったなと。そしてまわりに期待してもらっていた。ずっと忘れていたけど、その全能感によって突き動かされていたことを少しだけ思い出した。そして、未だに無駄に期待してもらえて本当にありがたいなと、今日の佳き日に思った。

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